「あんたは、何かを感じてるって思ったことあるか?」
出し抜けに放たれた質問は、マスターの脳天を貫くことなく虚空へと逸れる。帰ってくるのは、酒瓶の並ぶ戸棚を整理しながらの、刺すような訝しげな目線のみだ。
「そういう顔すんなよ……俺ぁな、最近思うんだ」
酒の露滴にうっすらと濡れるグラスを見つめ、ため息のように言葉を吐く激。
「俺が感じること……怒りや悲しみといった感情や気持ち悪い、美味いといった感触っつーの?そういうのって本当に俺が感じてることなのか、実は感じてるフリをしてるだけじゃぁねぇかなってな」
「何だ、また持病の変頭病か。脳内をけがわらしい赤褌菌に蝕まれて発病する病。命名は俺な」
「はっはっは!そのナンセンスな感じも大分病んでると思うぞ脳みそメロンパンしてこい」
くだらない言葉の応酬はいつも通りだったが、激の言葉にいつもの張りは無い。
ただ単に、思いついた言葉をニュアンスで伝えるのは、いつも通りなのだが……。
中身の無い、枯れ果てたグラスを見つめる激。
そのグラスに、新たな液体が注ぎ込まれ……彼の見る前で息を吹き返していく。
「呑めよ。何だかしらねぇが、んなくだらねぇことは、呑んで寝れば解決しちまうさ」
マスターはそう言って、酒瓶の首を掴み、ぎこちなくウインクをしてみせる。銀縁の片眼鏡の奥の碧瞳は、知性的な相貌に似合わない、悪戯めいた輝きを灯している。
「……あんたも大概、外見と中身が一致しねぇよな」
「そりゃ、褒めてねぇな?俺の気遣いを返しやがれ」
「いやだねっと……」
そうして、グラスになみなみに注がれた透明の液体を、吸い上げるようにして一気に喉へ流し込む。
その瞬間、マスターがにやりと悪い笑みを浮かべたのを、激は見落としていた。
致命傷、に等しい。
「ぶふぉぁっがほっあふっ………!」
「っふ……はーっはっはっはは!引っかかったな阿呆が!っはっはっは!」
カウンターに頭を打ち据えるような姿勢で、激しく何度も咳き込む激。
その光景に腹を抱え、遠慮呵責無く笑い声をあげるマスター。
大きく口を開けて笑うマスターを、恨みがましく見上げる激は、
「て、てめぇ……げほっ」
息も絶え絶えに、咳き込み続けている。
その視線を真正面に受け、マスターは目尻に浮かべた涙を拭いながら愉快気にしている。
「どうだ?苦しいか?苦しいだろう?それはフリじゃねぇだろう?それとも、お前はそんな上等な演技ができるほど役者だったか?そりゃ無いよな」
「……ごほっ」
「何かわかんねぇけどよ、感じるっつーのは、そのままだろ?別に理屈こねて分かるもんでもねぇし、感じた!って思ったときは、たとえ手ごたえがあろうが無かろうが感じてるんじゃねぇの」
「っ……はぁ……何かよくわかんねぇよ、あんたの言葉……だがよ。確かに、何かを感じたぜ」
マスターの決してまとまっているとはいえない台詞に、しかし激はしたり顔で応える。
薄暗い照明に照らされる激の顔は、水を得た魚の如く、酒の注がれたグラスの如く、である。
「にしても、きっつい酒だなこれ」
「……だろうよ。酒精度数なんとなんと80%弱!」
「マスター、あんた己を殺す気だな」
「はっはっは死んでみろこんにゃく野郎」
あとはもう、本当にいつも通りにくだらない台詞の掛け合いが続いていく。
店に居る他の客からの、好奇と、胡散臭そうな視線を浴びながら。
―了―
読みにくいのはいつものこと。
今回と前回にでてきたマスターなる人物は、実在しません。
どうみても妄想です本当にありがとうございました。
ま、この手のものってのは、自分のキャラを登場というかメインにおいてある限り自慰以外の何者でもないよな。
他人のキャラは当然登場はさせられない、たとえ許可をもらったとして中々気軽には動かせない。
ましてやただ単に「こいつはこういう人間なんだよ」という強烈極まりない自己満足に他人を巻き込むわけには行かないしな。
ただ、激っつーのは実際こういう人間なんだ。
それだけ。
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